リウマチ患者の和ごころ

心理カウンセラーであり、プロのリウマチ患者(笑)でもある桧蕗子のブログです。生きづらさを抱えている人が少しでも前を向けるよう、寄り添います。

親切は押し売りするもの?

親切とは、「相手の身になって、その人のために何かをすること。思いやりをもって人のためにつくすこと。また、そのさま。」(親切とは - Weblio辞書)です。

 

良かれと思ってやっていることが、実は、「相手の身になって」いないことがあります。

 

いわゆる「親切の押し売り」です。

 

例えば、目の前に、手に障害を持っている人がいたとして、ペットボトルのフタを開けるのに手間取っていたら、あなたならどうしますか?手に障害を持っている人は、あなたにとって見ず知らずの人とします。

 

1.何も言わずにペットボトルを取り上げ、フタを開けてあげる。

2.何も言わずに、そっと見守る。

3.「開けましょうか?」と声をかける。

 

私があなたに選んでいただきたいのは「3」です。

 

「1」の場合、もし、その人が「ペットボトルのフタを開けるのもリハビリのうちだ」と考えていたら、貴重なリハビリの機会をあなたが奪ったことになります。

 

「2」の場合、もし、その人が「自分からは『開けてください』って言いづらいし、どうしよう」と思っていたら、不親切極まりないですよね。

 

「3」の場合、どちらでも対応できるわけです。「いえ、自分で開けられます」「ありがとうございます!助かります!」

 

「相手の身になって」、相手が望んでいることをすれば「親切」だし、相手が望んでいないことをすれば「親切の押し売り」になるわけです。

 

もちろん、今回は「見ず知らずの人」という条件を付けましたので、その人との関係性に応じてかけるべき言葉は変わってくると思いますが、障害者にとって「何かお手伝いしましょうか?」の一言は、ものすごく嬉しいものです。

 

さて、では、これは障害者と健常者の間だけに起こることでしょうか?

 

答えは「No」です。

 

どんな人であっても、相手が望んでいることをすれば「親切」だし、相手が望んでいないことをすれば「親切の押し売り」です。

 

頼まれてもいないのに「これはこうしたほうがいいよ」とアドバイスしたり、その人が望んだわけでもないのに「あなたに配慮して連絡しなかった」と勝手な判断をしたりしていませんか?

 

良かれと思ってやっていることでも、相手にとって何が良くて何が悪いのかは、本人に聞いてみないと分からないことです。

 

人それぞれ、価値観も考え方も違うわけですから。

 

かくいう私も、良かれと思ってやっていることが、もしかしたら相手の迷惑になっているかもしれないなぁと思うことはあります。

 

ですから、時々、考えてみませんか。親切の押し売りになっていないかどうか。