リウマチ患者の和ごころ

心理カウンセラーであり、プロのリウマチ患者(笑)でもある桧蕗子のブログです。生きづらさを抱えている人が少しでも前を向けるよう、寄り添います。

ハードルを下げる

誰しも、自分の中に基準を持ってますよね。

 

こうなれたら幸せ、ここまで頑張らなきゃ、これぐらいして当たり前、等々。

 

正直、私はこの基準が高いです。

 

自分がここまで出来るのだから周囲の人も同じように出来るはずだと思っているし、出来ない人は圧倒的に努力と知恵と配慮が足りないのだと思っています。(例えば、文章を書いたり、推敲したり、パソコンの操作をしたりという技能面は別の話です)

 

他の人と同じように出来ないことがあったら、どうして自分には出来ないんだろう、と、自分を責めたり、更に自分に鞭打って頑張ろうとしたりします。身体的に、どう考えても出来ないこと(マラソンとか床座とか)はチャレンジすらしませんが。

 

似たような特性をお持ちの方はお分かりだと思いますが、自分に厳しい完璧主義者の典型です。

 

常に、もっと上を、もっと上を、と目指してしまい、生きづらさを感じています。

 

けれど、この基準って誰が決めたんでしょう?

 

自分ですよね。間違いなく。

 

昨日、ある人から「そのハードルを下げたところで、周囲の人も自分も困らないかもしれない」と言われて、ハッとしました。

 

周囲の人は、そもそも自分がどういう基準を持っているかなんて知らないし、基準を下げることで、自分の肩の力が抜けて楽になるのは想像に難くないです。

 

基準を下げる=成長が止まる、というわけではないんですよね。

 

肩の力が抜けることで独創的なアイディアが生まれるかもしれないし、他人のミスにも寛容になれるかもしれない。

 

逆に、基準を上げることで一体誰に何のメリットがあるんでしょう?

 

これを明確に答えられるあなたが幸せであるなら、それはそれで良いんです。

 

ところで、私の場合、身体面では低い基準を持っているといえます。前述したように、「身体的に、どう考えても出来ないこと」があるので、人から差し伸べられた手を取ることが出来ます。人の好意に甘えることが出来ます。(本来の私は人からの手を借りたくない人でした)

 

ごく一般的な、普通の体を持っている人を見て、美しい、素晴らしいと思うことが出来ます。

 

歩いたり走ったりジャンプしたり、片手で物をつかんだり、高い位置にあるものを取ったりといった普通の生活がどんなに尊いものであるか、知っています。

 

そう。私から見たら、あなたは、ただそこにいるだけで素晴らしい存在なんです。

 

もし、あなたが自分に高い基準を課していて、生きづらさを感じているなら、ちょっぴり、その基準を下げてみませんか?